堺屋太一さんの慧眼『団塊の後 三度目の日本』(その四)

医者は少子化に抗し得ない大学とは違います。医者は自ら需要を創り出せます。人口は減っても世間の人に心配を植え付け、通院回数を増やし投薬の種類を増やせば、医療の需要は増えます。しかし、それでは医者の倫理が危機にさらされていく。

医療は巨大な社会システムですよ。横には医師、医療技師、薬剤師、看護師、病院事務局、縦には製薬会社、医療機器メーカー、治療用家具メーカー、施設の建設管理事業まであります。

大抵のものは需要が減少して供給が過剰になれば、価格が下がり供給者の愛層が良くなり、品質も向上します。ところが、医療に関しては、そうとは限りません。むしろ、人々の健康不安を掻き立て病気を創り出すことがあります。「医療の悪魔化現象」とでもいうべきものです。

これまで日本の産業は厳しい淘汰を経験してきた。まずは戦後繁栄を極めた石炭産業が1960年代に全山閉山。次いで70年代にはアジア諸国の台頭に押されて衰退した繊維産業。続いて大成長した鉄鋼と造船も、韓国や中国に追い越されて衰えた。また戦後官僚主導による護送船団方式に守られてきた金融機関、とりわけ市中大手銀行の体制も激変した。続いて戦後日本の羽委のシンボルともいうべき電機業界にも淘汰の波は押し寄せた。そして自動車産業・・・。  それに比べれば、新聞は読者の紙離れ、配達員の高齢化などの難題を克服して「1950年代体制」を維持している。

その背景としては、
(1)テレビ局が全国紙5紙の系列に編成されている、
(2)新聞の例外的「再販防止」
(3)記者クラブ制度
(4)大型スポーツイベントの主催

「欲ない、夢ない、やる気ない の3Yない社会」こそ、現代日本の諸問題の根源である。
生物はみな「自分の遺伝子を残したい」という本能に従って進化をしてきました。この本能を失った生物は必ず絶滅するのです。これまでの進化論、いわゆる「適者繁栄論」では、環境に適合した生物は限りなく繫栄する。生物が絶滅するのは環境変化に適合できなくなった場合に限る、とされてきました。ところが最近では、あまりにも安心安全な環境に入れておくと遺伝子存続本能が潰れて子孫を増やそうとしなくなる「超安定による不胎化現象」が起こることが分かってきたのです。

日本には移民の伝統が乏しいと言う説がありありますが、長い歴史から見るとこれは間違いです。17世紀の初めの30年間には政治体制が不安定だった朝鮮や中国から大量の移民が日本に流れ込んでいます。明治の初めにも、いわゆるお雇い欧米人以外にも多くの外国人が流入して日本に同化しています。日本特殊論は、昭和時代の日本帝国主義と終戦後の混乱期に広まった特殊な思想なんです。

明治憲法は、天皇の任命する官僚と軍人が全国を集約的に支配する建前だけに地方自治の認識は乏しい。明治憲法で地方自治が認められていたのは市町村だけと言ってよい。この明治憲法を改正した形の現行日本国憲法でも、地方自治条項は極めて希薄、わずか4条、文字数にして400字程度である。

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