海堂尊『氷獄』

こんな会話がありました。視力を失い、希望を失った星座好きの子供と、担当医師の会話です。
「南十字星の四番目の星、デルタ星にも意味はあるんですか?」
「もちろんだ。どんなに暗くてもそこにあることが大切なんだよ。その星が無ければ南十字星も消滅してしまう。でもそれは星自身には何の意味もない。お前がそこにいれば星座が出来るかもしれない。でもそれは自分にはわからない。お前の意味は周りの人間が決めることだ。お前にできるのは置かれた場所で精いっぱい輝き続けることだけだ。もし、お前が光るのをやめたならその時は、人々は別の星を見つけ出して、そこに新たな星座を描くだけだ」

 以下の文章はマンガ版『神曲』のなかで見つけて、メモしていたものです。上の文章と相呼応していると思いませんか?
“満天の星が輝いていた。ベアトリーチェによれば、その星は、たとえば私たちが自らの心を楽しませる素晴らしいものを見た時や、愛に心があふれたときに、自ずと瞳が輝くのにも似て、星は地上の人々の心の動きに呼応して、その輝きを変えるのだという。ただ星たちは天を巡りはするものの、その位置は変わらず、いつも同じ所で光っている。
私は「あなたたちは、もっと上の天に昇りたいとは思わないのですか」とたずねた。星たちは私をさとすように話してくれた。「上や下、あるいは行きたい、行きたくないということではないのです。どのように在るか、ということが全てなのです。私たちはここで、光るのです」“  
ふだんはバケツの中の蟹のようにいつもガサガサ雑音をまき散らしている私ですが、 たまにはこんなロマンチックなことを考えるんですよ。

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