「取引コスト」「戦艦大和」そして「トランプ」

「ご用とお急ぎでない方は、ゆっくりと聞いておいで・・・」これはガマの油売りの口上です。今回は少し長くなりますので、もし御用とお急ぎでない方は、読んでください。

先日、慶応大学菊澤研宗教授が戦艦大和「特攻」作戦の失敗の原因を「取引コスト」というユニークな観点から説明していました。ふつう「取引コスト」といえば、経済取引を行う際に発生する、製品の本体価格以外の費用(例えば、運賃、手数料、交渉コスト、監視コストなど)を指す経済学用語ですが、菊澤教授が言っている「取引コスト」とは、通常の定義ではなく、人間関係上で発生するコストです。

「いまある組織が社会的にみて不正で非効率的な状態にあるとしよう。ここで、もし社会的にみて効率的で正しい方向へと組織を変革することによって得られるメリットよりもその変化に必要な人間関係上の取引コストの方が大きいならば、たとえ現状が非効率的で不正であっても現状に留まる方が合理的となる。つまり、社会的にみて非効率的で不正な現状を維持する方が、合理的になるのである。こうして、合理的不正や合理的非効率という組織の不条理が発生するのである」

1945年4月、米軍が沖縄本島に上陸した後、戦艦大和以下の艦隊を沖縄本島に突入させて艦を座礁させたうえで砲台として砲撃を行い、弾薬が底をついた後は乗員が陸戦隊として敵部隊へ突撃をかけるという水上特攻作戦が計画されました。しかし、この作戦の実行部隊である第二艦隊司令官伊藤整一中将にこの作戦が説明されたとき、彼は航空機による護衛のない大和は、米爆撃機に容易に攻撃され、目的地である沖縄まで到着できないと反論しました。しかし、最終的に大和特攻は実行され、伊藤中将が懸念した通り、沖縄に辿り着くことなく、米爆撃機によって撃沈されました。

では、なぜこの無謀な作戦が実行されたのでしょうか?菊澤氏はこれを「取引コスト」を使って以下のように読み解いています。

「海軍内の人間関係上のコストつまり取引コスト状況を改めて分析してみると、大和特攻作戦は海軍関係者にとっては合理的であったことがわかる。大和特攻を反対し続けることは、海軍の軍人にとって非合理的だったのである。

① 当時、大和特攻を反対し続ければ、「卑怯者」として海軍内部の熱情型軍人たちから揶揄される可能性があった。その言葉は、軍人にとっては辛いものであった。そして、それに反論する交渉取引コストは、あまりにも高かったのである。

② また、天皇を説得する取引コストも高かった。及川軍令部総長が、1945年3月30日に沖縄方面に航空機による特攻を行うことを天皇に奏上したとき、陛下から「海軍にはもう艦はないのか。海上部隊はないのか」と質問されていた。天皇に対して、戦艦大和の温存について説明・交渉する取引コストは非常に高かったのだ。

③ さらに、若く未熟なパイロットを中心とする海軍航空部隊が神風特攻隊として敵に体当たりし、陸軍も特攻作戦を展開している中、海軍の象徴である戦艦大和を温存し続けることは、海軍にとって辛かった。陸軍から海軍の水上部隊は無能だと揶揄され、それを取り除くための交渉取引コストはあまりにも高かった。

④ そして、もし大和を温存し、終戦を迎えれば、大和は米軍に接収され、戦利品として見世物にされる可能性が高かった。それは、日本海軍にとって最大の屈辱であった。そして、戦後、それを阻止する交渉取引コストはあまりにも高いものだったろう。

このように、戦艦大和を温存することは、海軍にとって膨大な取引コストを事前・事後に発生させる可能性があった。そして、これらのコストを忖度して損得計算すれば、海軍にとって大和特攻作戦が馬鹿げたものであったとしても、大和を沖縄へと突入させる方が合理的だったのである」

いかがでしたか?やや長くなりましたが、ここでトランプです。トランプは関税を使ってアメリカを偉大な国に戻すという公約で大統領に復帰しました。現在、彼は公約通り全世界を相手に関税戦争を派手に繰り広げています。しかし私はトランプもこれがアメリカに望ましい結果を持たらさないであろうことはすでに気が付いているのではないかと考えます。所属する共和党が大統領と上下両院の多数派を独占する「トリプルレッド」の状況下、彼にとって公約を反故にすることの「取引コスト」はかなり低いのではないでしょうか?それでも関税戦争を続けているのは、自分の権力にすっかり陶酔して自己制御不能になっているのか、あるいは株の乱高下を利用した壮大なインサイダー取引を仕掛けているのか、そのどちらかではないかと思います。正直、私は後者を疑っています。一方、トランプが登用したスタッフにとって、トランプの施策に反対することの取引コストは極めて高い(問答無用と首を切られる)ため、誰も異を唱えられない ― ちょうど大和特攻作戦をだれも止められなかった日本海軍のように。

以上、お疲れさまでした。なお私が一番嫌悪するのがトランプが連発する「ディール」という言葉です。不動産ビジネスならば、その場限りの「儲けた、損した」で済みますが、政治の世界ではそうはいきません。長期的、かつ広域的な視野が必要不可欠ですが、トランプにそれがあるか?無いのではないでしょうか。マスコミも軽々に「ディール」という言葉を使うべきではないと愚考します。

≫ コラム一覧へ

ご依頼・ご質問などお気軽にお問い合わせください CONTACT