アメリカの銃犯罪の背景、そして銃規制をめぐる議論で常に参照されるのが、合衆国憲法修正第2条である。同条文は次のように記されている。
「よく規律された民兵(ミリシア)は自由な国家の安全にとって必要であるので、人民が武器を保有し携帯する権利を侵してはならない(A well regulated Militia,being necessary to the security of a free State, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed.)」
実は、同様の思想はアメリカが模範としたイギリスにも見られる。たとえば1689年の権利章典(Bill of Rights)には「市民は適法な目的のために武器を保持することが許される」という条項が含まれていた。かつてイギリスの植民地であったアメリカの人々は、このような伝統的な思想を引き継ぎ、独立後の憲法に組み込んだのである。
【歴史的背景:武力と治安】
1820~30年代に普通選挙法が普及し、選挙を通じて各地の有権者が平等に政府に代表されるようになると、中央政府に対して武力で訴える必要性は次第に薄れていった。しかしその一方で、増加したのが市民間の暴力である。新聞社への襲撃、集会所への放火、奴隷制度廃止論者への暴行、宗教をめぐる衝突など、アメリカ社会には様々な形の暴力が蔓延していた。その背景には、都市化、産業化、そして急速に進んだ移民の増加があったとされている。
しかし、もう一つ見逃せないのは、アメリカ文化の根底には暴力の衝動が流れているとする社会学者の視点である。歴史家アラン・テーラーは、「アメリカ独立戦争を経てイギリスから独立を果たした人々は、共和制国家を建設したにもかかわらず、独立以前と変わらぬ植民地主義的な価値観と文化を持ち続けた」と指摘している。彼はまた、開拓者たちがいかに暴力的かつ差別的に土地を獲得し、定住地を築いていったかを赤裸々に描いている。現代においてもアメリカ映画で過激な暴力シーンが多くみられることは、この見方を裏付けていると言えるのではないだろうか。こうした暴力の歴史的系譜は、現在の銃社会にも深く根を張っており、銃規制の進まない現実を理解するうえで見過ごせない要素である。
【政府のミリシア活用と最高裁判所による憲法修正第2条解釈の大転換】
こうした状況に対応するため、正規軍の人員不足に悩む連邦政府は、「住民自治」というスローガンのもと、ミリシアを治安維持の手段として積極的に活用するようになった。さらに、面倒な弾込め作業が不要なピストルや連発銃の登場により、個人で護身用に銃を所持することが一般的になっていく。それに伴い、一部の州政府は、銃の所持が暴力事件の温床になると判断し、規制を設け始めていた。ところが2008年、連邦最高裁判所は「自由な国家の安全とは何か」が問われた裁判(District of Columbia v. Heller)において、5対4の僅差で「銃の保有はミリシアに限ったものではなく、市民が自衛のために銃を持つ権利も含まれる」と判断した。
それまでの憲法解釈は「修正第2条が意味するところは、人民がミリシアを組織し、武装することを保証するものであって、必ずしも国民一人ひとりが個人的に銃を所持する権利を無制限に認めたものではない」というものであったから、この判決は憲法解釈の大転換であり、この判決により、連邦政府だけでなく、州政府や自治体も銃規制に関して大きな制限を受けるようになったのである。
【ミリシアとは】
「militia」という語は、ラテン語の「militia(兵役・軍務)」に由来し、「兵士になること」や「軍事活動」を意味する。アメリカの法律では、ミリシアは主に以下の2種類に分けられる。
(1)組織化されたミリシア(Organized Militia)
州兵(National Guard)や州防衛隊(State Defense Force)など。原則として州政府の管理下にあり、緊急時には連邦政府の指揮下で海外派遣されることもある。
(2)非組織化ミリシア(Unorganized Militia)
特定の軍事訓練を受けていない民間人によって構成され、普段は活動していない。ただしこの区分には、近年問題となっている民兵団体(いわゆる極右ミリシア)も含まれる。
実際、2021年に発生した連邦議会襲撃事件では、民間の極右ミリシア団体が暴動を先導したことが明らかになっており、ミリシアの存在は民主主義体制への脅威ともなっている。