最近読了した司馬遼太郎『坂の上の雲』の主題はは約120年前の日露戦争ですが、ロシアのバルチック艦隊と日本連合艦隊が対馬沖で戦ったときの指揮艦「三笠」の砲術長についてこんなくだりが目を引きました。
”砲術長は、自分の戦艦とロシアの戦艦との速度の差、風速、波の高さなどを瞬時に計算して大砲の角度や発射のタイミングを刻々決定するという極めて緊張感が求められるポジションである。しかし彼は、機関室、弾火薬庫、ボイラー室など艦底で働いている多くの兵員が戦闘を見ることが出来ないため不安が大きいことにも配慮し、忙しい自分の仕事の合間を縫っては、伝令を使って戦闘の状況を艦内くまなく知らせていた。 「いま我々の十二インチ砲弾が敵艦ボロジノに当たったったぞ」と伝令に叫んだ時、そばにいた東郷平八郎司令長官(元佐世保海軍基地司令長官)は、「砲術長、いまのは当たってないぞ」と言った。すると砲術長は東郷司令長官の方に笑顔を向けて「ただいまのは、じつは激励のためにそう言いましたので」と応えた。”
私は、砲術長の行動は艦底で働く兵員の不安を解消するだけでなく、自分の仕事の「意味」をわからせることによりモチベーションを喚起する効果があったと考えます。
この部分を読んだときに頭に浮かんだのは、作業とシゴトということでした。ともすれば目先の作業の忙しさにかまけて、それがどんな意味を持つシゴトであるかを考える余裕をなくすことがありますね。「忙」という字も、心をなくすという形になっています。
これはアメリカのお話です。ホテルの客室係(メイドさん)は、短時間で客室の清掃やベッドシーツの張り替えをしなければならない重労働です。ある時、全米ホテル協会がいくつかのホテルチェーンの協力を得て、全米各地から100人のメイドさんを選んでもらい、全員の健康診断を行いました。その後、半分のメイドさんには30分間のセミナーを受けてもらいました。セミナーの内容は、客室清掃やベッドシーツの張り替えにはいかに全身のエクササイズ(ひいては健康増進)効果があるかということでした。残りの半分はこのセミナーを受講しませんでした。 半年後、ふたたび全員の健康診断をしたところ、セミナーを受講したグループの数値(血圧、血糖値など)は、受講しなかったグループに比べて極めて良い結果を示していたそうです。原因はもうお分かりですよね。
私は、部下に自分のやっているコトの「意味;会社にとっての意味+社員自身にとっての意味」をしっかりと理解してもらうようにするのがリーダーのシゴトの大きな部分を占めるのではないかと愚考します。とくに「社員自身にとっての意味」は、ちょっとしたヒント、いま流行りの言葉で言えば「ナッジ nudge」で上手に気づかせることが大事ですね。