徳川幕府の人事制度
よく時代小説で「老中」という役職名が出てきますが、高島敏男センセイの随筆『お言葉ですが・・・ 第十巻』にこんなことが書いてありました。
「老中になれるのは三万石から十万石程度、つまり中くらいの譜代大名である。加賀の前田とか肥後の細川とかいった大大名はなれない。徳川家に近い親藩の大名もなれない。外様は無論なれない」
「老中」は、今日では 閣僚+内閣官房 にあたる役職で将軍が直接指名しますが、この選定基準はなかなかよく考えられていますね。疑り深い私はチャットGPTに訊きましたが、たしかに例外は殆どなかったそうです。彦根藩(約35万石)の井伊直弼は、老中ではなく「大老」という別格(臨時)の役職でした。
当選回数と首相とのお友達関係で順繰りに決まる我が国の猫の目「大臣」よりも、よほどバランス感覚が優れた人事制度だったのでは? そういえば国連総会議長(任期1年)も、① 地域ローテーション ② 外交経験・国際的評価 ③ 中立性(特定大国の代理人ではない)④ 国内政治とのバランス で選ばれます。 高市様、ご参考まで。

