昔、お世話になった故人宅にお線香をあげに立ち寄りました。その時に書棚の中の本を見て、故人のイメージが大きく変わったことがありました。帰宅後、すぐにアマゾンで買い求めたのが小泉信三全集(全28巻)でした。セットで1万円ポッキリ!今も私の小さな本箱の1/3を占めてオーラを発してくれています。中身は経済学の論文がほとんどで、読んだのは随筆集の数巻のみですが、立派な箱に入っているためわざわざ箱から取り出してチェックするような酔狂はいないだろうと思っています。
小泉信三は昭和天皇の皇太子時代の教育係りを任じられ、美智子皇后との縁結びの役も果たされています。すこしだけ、小泉についてのエピソードを記します。お時間があればどうぞお読みください。
(1)小泉は福沢諭吉の愛弟子ですが、明治天皇時代に福澤が著した『帝室論』には、戦後の「象徴天皇性」をほうふつとさせる文章があります。
「帝室ハ独リ万年ノ春二シテ人民コレヲ仰ゲバ悠然トシテ和気ヲ催スべシ」
(2)小泉が皇太子へ講義するために著した『御進講覚書』には、以下のような文章が見られ、師福澤の思想が色濃く反映しているのではないかと思われます。
「新憲法によって天皇は政事に関与しないことになっております。しかし、何らの発言をなさらずとも、君主の人格、その見識はおのずから国の政治に良くも悪くも影響するのであり、殿下の御勉強と修養とは日本の国運を左右するものとご承知ありたし。」
(3)小泉は慶応大学生時代、テニスに没頭し、『小泉信三全集』でも随筆編にたびたび独特のテニス論を開陳しています。
「フォルム(テニスのフォーム)の良否というものが、打球の瞬間にあるのでなく、それ以前と以後の動作や姿勢によるところの多いことがよくわかる。多くの選手が打球の前と後ろとにおいて実に無用(あるいは有害)な動作をしていることもわかる。」そういえば、美智子妃のスイングはとてもコンパクトでしたね。また小泉は、皇太子がコートに転がったボールを自分で拾うまで、(侍従に拾わせず)じっとベンチで見守っていたそうです。
(4)妻が京都都ホテルのレストランで働いていた時、顔に大きなケロイドを負った大柄な紳士が入って来られたそうです。その姿を見たとき、一瞬後光がさして見えたというのです。後からその紳士が小泉であると知った妻は、「私の人を見る目はすごいでしょう」と自慢の種にしています。私と初めて長崎で会った時には、後光ではなく、薄暗い影がさしていたらしいです。