山田宗木『人類滅亡小説』(1) 

ゴールデンウイーク直前、図書館の書架の片隅から「私を読んでくれ!」と呼ばれている気がして思わず借りてしまった本ですが、とても内容の濃い本でした。興味を覚えた箇所を読書備忘録に書き写したものをお送りさせていただきます。かなりの量になりましたが、全5回に分けましたので、もしよろしければ少しづつでもお読みいただければうれしいです。

【人口・移民】
 今現在、日本のGDPの70%は内需に依存している。一般的に内需依存の経済が成り立つためには一億人の人口が必要だと言われているが、2060年(約25年後)の人口は8,600万人台になると予測されている。(今年大学を卒業した新入社員はそのころには47,8年の働き盛り 安徳)

 人口維持、あるいは増やそうと思うなら、移民は最も効果的、かつ即効性のある策には違いない。しかし、言語、文化、生活習慣が異なる移民を大量に迎え入れれば様々な問題が発生する。最初はマイノリティでも、ネイティブ・ジャパニーズの人口が減少し続ければ、地域によっては移民がマジョリティになってしまう可能性だってある。

 今でこそ、外国人労働者は看護師とか介護従事者とか、高い日本語能力を身に着けていないと従事できない職種に限定されて就労が認められているが、そのうち移民で頭数をそろえようとなったら、そんなことはいっていられなくなる。移民が増えて最も影響を受けるのは、放送、新聞、出版とか日本語、言葉を使う職業だ。日本語が分からない移民は、日本語のテレビや新聞は見ないし、読まない。視聴者人口が減ればコマーシャルを打つ意味がなくなり、スポンサー収入がメインの民法や全国紙は経営が成り立たなくなる。

 特に、一次産業従事者の高齢化は著しい。2019年で農業従事者の平均年齢は66.8歳、労働環境がより厳しい漁業でも56.9歳(2018年)、どちらも高齢化が進む一方である。(それから5年たった現在はどうなっているだろうか?安徳)実際すでに外国人労働者がたくさんいるが、日本語の能力試験なんてない。数は力だから、外国人労働者の数が増えていくにつれ、日本語を身につける必要性はどんどん薄れていく。むしろ日本人が外国語を身につけなければならないようになっても不思議ではない。

 人口減少はガンに似ている。ガンは早期治療が予後を決定するのと同様、少子化対策も有効な打開策を打ち出すのが遅くなればなるほど命取りになる。街から子供の姿が消えたとか、学校が廃校になったとか、ずっと前から予兆があったのにそれを放置してきた。これはもう自殺行為と言っていい。

 人口動態統計は精度が高いと定評があるが、現人口と合計特殊出生率から算出したもので、人口減少にともなう当該地域の環境変化といった変動要因は一切考慮されていない。たとえば児童数が減少して学校が廃校となって通学が不便になった地方では、教育のために都市に移る家族が必ず出てくる。その結果地方の人口がさらに減少し、出生率の低い都市への流入が総人口をさらに減らしていく。しかし都市に移るのも容易ではない。都市で住居を求めようとして現在の住居を売却しようとしても、買い手が見つからない。やむなく学生だけが都市でアパート生活をしようとしても、もともと収入が少ない地方生活者にとって送金負担が大きく、子供を二人以上持つことは極めて困難である。

 中国でも少子化は問題となっている。国を出る人が激増したら人口減少が加速する。しかし、独裁国家だから、高齢者のみは日本への移住を認め、病気になっても医療、健康保険制度を利用すればいいと言い出すかもしれない。

 よく考えてみると、他民族との共生なんてとうの昔に始まっている。例えば米軍だ。日本には全国各地に130もの米軍基地があって、そのうち81は専用基地だ。それ以外にも、東京には中国人、群馬にはブラジル人が集団居住している地域があるし、東南アジアからの実習生に至っては数知れない。

「あのね、大量の移民を受け入れたヨーロッパが、どんなことになっているかは知っているよね。日本が、あのような状況に陥っても構わないというのかね。移民はね、一度受け入れてしまったら最後、お引き取り願えんのだよ」
「承知していますが、ネイティブにこだわり続けたら、いずれ国は消滅しますよ」
「それじゃ、建国以来、脈々と受け継がれてきた文化や伝統が・・・・」
「そんなの、受け継ぐ人がいなくなれば消滅しますよ。事実、既に地方の過疎地ではそうなっているじゃないですか。祭りや儀式にしたって、高齢化が進んで人がいなくなった地域から、順次消え去っていっていますけど、他所から移り住んできた人でも、日本人なら復活するんですか?一旦でも継承者が途切れたら、それまでなんじゃないですか? 復活するわけないですよね。」
「日本語だって消滅してしまうかもしれんのだよ。それでいいのか?脈々と先達によって積み重ねられてきた知の財産にもアクセスできなくなってしまうんだよ」
「使う人が少なくなればそうなりますね。でもそれって、人間の歴史そのものですよね。消滅した文明なんていくらもあるじゃないですか。古代エジプト文明はヒエログリフって文字を使っていましたし、マヤやインカも独自の文字をつかっていたじゃないですか。 北欧にあるオンカロ(放射性廃棄物を永久保存している施設)には、ここが危険だと説明するプレートの説明文に象形文字も入っていると聞いたことがあります。これって、今世界中で使われている言語だって、時が経つうちに理解できる人がいなくなってしまうことを想定しているからだと聞いたことがあります。(象形文字が使われているのは事実らしい。安徳)  身も蓋もない言い方になってしまうけど、僕らの世代は、日本にしがみついていたら成功できないし、極端な話、生き抜くのも難しいと思うんですよ。それだけ日本の前途は絶望的だということです」

 おしなべて先進国の人口が減少傾向にあるのは、時代がそうした方向に進んでいることに、人々が気付き始めているのかもしれない。今でさえ正社員になり損ねたら派遣で食べていくしかないんだし、正社員もいつリストラされるか、定年まで会社があるかもわからない。子どもどころの話じゃない。まして文化や伝統など、とてもとても・・・。

<参考>
フランスではイスラム系住民によるテロ事件(ホーム・グロウン・テロリズム)が頻発している。ヨーロッパ全体で定住移民は増加しているが、移民の社会統合に関する方針は国ごとに違っている。イギリスはマイノリティのコミュニティに政治的権利を付与し、その文化を支援する多文化主義をとっている。それに対してフランスではいったん国籍を取得すれば(外国人から生まれた子供は、18歳になると自動的にフランス人国籍となる)移民でも法の下に平等であるとみなされる。その結果、公的な領域では自らの差異を主張したり、それに基づいた権利を要求したりしない「一人の普遍的な個人」としてふるまうことを求められる。そこではコミュニティ(特にイスラムの)を危険視する傾向が強い。この結果、フランスでは疎外感を持った移民が増えてきている。  一橋大学 法学研究科准教授 森千香子

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