「いま一つの妖怪が世界中をさまよっている。それはポピュリストという妖怪である」
これを見て『共産党宣言』(1848年)の冒頭にあった有名な言葉を想起された方も多いのでは。そうです、パクらせていただきました。
しかし、政界における近年のポピュリストの跋扈ぶりは目に余るのではないでしょうか。英フィナンシャルタイム誌チーフコメンテーターのマーティン・ウルフ氏が寄稿した「ポピュリズムという泥沼」を読み、私のうすぼんやりした危惧が少しはっきりした気がしましたので、以下に、そのポイントを私流に解釈して抜き書きします。なお本文は、日経新聞2025年10月29日「オピニオン」に掲載されています。
(1) 我々は大衆迎合的なポピュリスト(扇動政治家)の時代に生きている。これは何も目新しいことではない。2,500年前、プラトンは著書『国家』のなかで、ポピュリストをデマゴーグと名付け、彼らの言説は民主主義のアキレス腱であると説いている。
(2) ポピュリストは「大衆 対 エリート」を政策課題の中心に据え、自分たちこそが「大衆」の唯一の代表者だと主張する。
(3) ポピュリストは経済不振で台頭する場合が多く、それがさらなる経済悪化を招く。ポピュリストが壊したものを立て直すのは簡単ではない。そのため、ポピュリスト指導者が一度現れた国では、再度登場する可能性が高まる。
(4) これまで歴史的には、中南米と欧州がポピュリズム政治の温床となってきた。しかし、いまやこの潮流は全世界規模で広がっている。
(5) 左派ポピュリストは、増税、規制、再配分を掲げ、右派ポピュリストは保護貿易主義をはじめとする経済国家主義を主張する。無論、右派ポピュリストのほうが富裕層には支持される。
(6) 左派と左派の立場は異なるが、裁判所や大学、中央銀行といったエリート層が指導する組織・機構への敵意という点では一致する。特に、自由と民主主義の防波堤である「法の支配」が標的になりやすい。
しかし、このポピュリスト(扇動政治家)という「妖怪」は、幽霊のように突然どこからか出てくるのではないですよね。直接選挙制であれ代議制であれ、われわれ国民が育て、選んだものであることは間違いありません。ツケは国民が払うのですから、しっかりと目を凝らして政治的関心を持ち続ける必要があります。
今この時、近来まれにみる有能なポピュリストであるトランプ大統領に世界中の政治家や経営者がすり寄っています。新首相には、つねに部分最適と全体最適の微妙なバランスをとりながら今の荒波を乗り切ってもらいたいですね。高市ファンには釈迦に説法とは思いますが。

