私が好きな葉室麟の遺作『天翔ける』を何人かの友人に勧めました。横井小楠、橋本左内、勝海舟、坂本竜馬、徳川慶喜木内、西郷吉之助といったキラ星の濃密な人間関係がうまく描かれた幕末小説です。すると友人の一人(大変な読書家)が、ちょうど木内昇『万波を翔ける』を読み終わったところだと言ってきました。実は私もこの本に感銘を受け、いくつか抜き書きしていました。今読み返すと、ほとんど忘れていましたが、特に ⑥ は、今の日本のリーダーにぜひお願いしたいものですね。
① 叱るには覚悟と労力が要る。つまり相手の面倒を見るという肚(はら)よ。 対して褒めるのは、心なくとも甘言さえ吐いておけば済む。わしなど、誉め言葉というのは、相手の話を終いにしたい折に使うものだと心得ておる。」
② 「存外望まぬ役目を与えられた時こそが、己の引き出しを増やす好機に思うのじゃ。自分では決して選ばぬものに触れる機会となるゆえ。己の鉱脈というのは、己では考えもつかぬようにあるやもしれぬ」
③「よろしいか、仕事というのは、忠心、忠義ばかりで行うものではない。上役だの公儀(会社)だののために尽くす、という考え方ももはや古い。仕事はなによりも己のためだと考えたほうがよい。お扶持(給料)をいただきながら、さまざまな役目に接して、己の力を培うものと思えばよいのじゃ。つまりは、他人の金で、思うままに己を育てる旅をしている、とな」
④「逐一他者と比べてはならぬ。人はそれぞれ、しかるべき時期がある。歩幅というのは人それぞれじゃ。それを周りに合わせようとするところから、人の不幸は始まる」
⑤「ヒトの強い思いは岩をも穿つことがございます。ですがそれに反して、本意でないことを行うとき、人は懸命に努めておるつもりであっても、その実、なにかを覆すに入り用な力の半分もだしておらぬのではないか、と思うのでございます」
⑥「政とは本来、理想のみでは語れぬものにございます。しかし、外交においては、国の理想というものをしかと支柱に据えねばたちゆかなくなると存じまする。ことに今は、武備の面で異国には敵いませぬ。その分、弱い立場にございます。ただそれだけに、我がほうの、つまり日本の形というものを、根気強く異国に訴えていくよりないのではございませんか」
⑦「政も時世も常に移り変わっておるのじゃ。今は、来し方を振り返ってまとめる時ではない。 これまでのやり方に拘泥してもならん。失敗を糧にして、成功は即座に忘れて、常に心の殻を破っていくことで役目というのは初めてまともに務まるのじゃ」
⑧「政のことは存じませんが、金というのものは、それ自体を価値と見なすよりも、流れをつかんで引き寄せるための道具としてうまく使うもののように思うのです」
⑨「よいか、太一(主人公)。偉くなれ。さすれば役目の上で、思うところが出来るようになる」
「そうでしょうか・・・・。上に立つようになるとかえって、周りに気を遣うてばかりでちいさくまとまってしまうのではないかと案じておりますが」
「それは違う。例えばじゃ、一つの礫(つぶて)を投げても、投げる場所によって池に広がる波紋は異なるであろう。高くから投げれば、それだけ大きな波紋になるものよ。おぬしは、おぬしの信じる正しい礫を、高い場所から投げてよいのじゃ」

