箸置き

「食事中、最初から最後までずっとお膳の上にあり、全体を引き締めている。それが箸置きである」 北大路魯山人はこういって、可愛い作品を数多く残しています。 たしかに料理の皿は次々と取り換えられていきますが、箸置きだけはそのあいだ中ずっと一番手前に置かれています。さすが魯山人、やはり目のつけ所が違いますね。

すぐに連想するのが芝居や映画・テレビの「脇役」です。 以前は、光り輝くスター俳優とそれを支える脇役とがそれぞれはっきりとした役割を分担していました。私は子供のころ、お姫様役の美しい女優さんたちはきっとうんちもおならもしないだろうと思っていました。 (小学校高学年のころには熱病もさめていましたが、高校で宇治拾遺物語を読んで、人間のおろかさというのは昔から変わらないものだと納得したことを覚えています)

でも最近では、長年脇役を演じてきた古田新太、遠藤憲一、阿部サダヲ、松重豊などが主役、あるいは準主役として活躍していますね。 この背景にはストーリー性を重視した脚本が高い評価を得るようになったことや、群像劇が好まれるようになったことなどがあるとは思いますが、やはり脇役としての長い地味な修行経験があってこそだと思います。 名脇役樹木希林さんは、「画面の中で一色(ひといろ)だけ、どんな色でもいいんだけど、自分の色を出すように努力していた」とおっしゃっていました。 連続テレビ番組「時間ですよ」でも、彼女が身をよじりながら突然「ジュリー~」と絶叫するシーン ― ほんの数秒ですが今でも忘れられませんね。

ここでちょっと話が脇道にそれますが、「脇」という漢字には月偏(にくづき)の横に三つの「力」という字が入っています。調べてみると胴体の両側と腕とが交差するあたりの三つの筋肉があわさって最も強い力を発揮するのだそうです。相撲でもテニスでもスポーツ吹き矢でも、指導者はよく「脇を締めろ」と言います。やはり「脇」という字には、添え物的な意味よりももっと強い意味が込められているようです。  
 
魯山人の器はちょっと手が出ませんが、箸置きぐらいだったらネットオークションで手に入れて、「俺は魯山人の食器を毎日使っているんだ」と自慢してみようかな? 

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